NEWSニュース
ハヤシ×スポーツビジネス始動
2026年2月24日

ー 林歳彦がプロ野球選手の自主トレを招致・帯同 ー
2026年1月6日〜1月24日。
沖縄・宮古島の伊良部球場にて。
この場所に、
杉本裕太郎選手
大城滉二選手
西野真弘選手
が集結しました。
その招致と現地アテンドを担ったのが、ハヤシコーポレーション代表・林歳彦です。

きっかけは「ラジオ番組」
始まりは2024年12月。
杉本選手が出演したラジオ番組でした。
番組きっかけで杉本選手とご飯に、
林(トッティ)がこれまで行ってきた宮古島での活動について話題に。
その流れで杉本選手から出た一言。
「じゃあ、宮古島で自主トレの帯同をしてほしい。」
トッティは、かつてプロボクサーのトレーナーを務めていました。
しかし、野球の知識はほぼゼロ。
それでも、頼まれたことには100%で応える。
迷いなく引き受けました。

経験ゼロからの準備
前年の自主トレ資料を取り寄せ、
宮古島で築いてきたネットワークを総動員。
1年をかけて練習環境、宿泊、移動、食事、サポート体制。
細部まで徹底的に整え、選手が“野球にだけ集中できる環境”を構築しました。
自主トレを成功させるためではなく、
・オリックスが日本一になること
・選手の個人成績を向上させること
を思い描いての準備です。
しかし、今回の自主トレはそれだけではありません。
・オリックス選手とのサンゴ苗付け体験
・宮古島市副市長表敬訪問
・地元少年野球チーム「宮古島ドリームス」での1日野球スクール
・地元メディアとの連携による発信
プロ野球選手と地元の皆さんが繋がり合う場所を生み出す。
自主トレは、単なる調整期間ではなく、
地域への還元でもありました。
「トッティと呼んでくれ」
選手たちが宮古島入りした初日。
トッティが選手たちに伝えたのは、環境の説明ではありませんでした。
「俺のことはトッティと呼んでくれ。」
選手たちは笑いながら、
「いやいや呼べないですよ」と戸惑う。
それでもトッティは言います。
「みんなのことも下の名前で呼ぶ。
遠慮がある関係性では、最高の環境は作れない。」
呼び方から距離を縮める。
上下ではなく、並走する関係性へ。
“なんでも言える空気”を作ることが、
最高のパフォーマンスにつながると知っているからです。

最終日の言葉
初日、選手たちはこう言っていました。
「初めてですし、いろいろ問題もあると思います。」と
それは選手たちの優しさであり、今回は初回なので完璧は期待していない。という想いの現れに感じました。
しかし、選手たちから「他の選手と差をつけるための期間」として、自主トレがどれだけ大切であるか、選手たちのかける想いを聞いているので、トッティはどんな要望にも応え、最高の環境を提供すると決めていました。
足りない備品があれば、現地で補填し、周辺の設備と施設を押さえ、同じ日程で宮古島入りしている選手との連絡も執り行う。毎日帯同し、選手とコミュニケーションを取る。選手たちの口に「トッティ」呼びが馴染んだことも言うまでもありません。
そして最終日。
「今までの自主トレで一番良かった。最高でした。」
その言葉が、すべてでした。

地元の元気を創る
プロ野球選手の存在は、
島の子どもたちにとっては夢そのもの。
グラウンドに立つ姿。
直接教えてもらえる時間。
それは一瞬かもしれませんが、
心には残り続けます。
宮古島で長年積み重ねてきたつながり。
トレーナーとしての知見。
スポーツを通じて子どもたちに夢を届けたいという想い。
今回の自主トレは、
林のこれまでの活動がすべて集約された時間でもありました。

ハヤシコーポレーションの次の挑戦
2026年、ハヤシはスポーツビジネスにも本格的に力を入れていきます。
広告会社という枠は取っ払い、
人と人をつなぎ、
環境を整え、
可能性を最大化する存在へ。
選手が優勝する姿を思い描きながら、
できることをすべて叶える。
その積み重ねが、
新しいハヤシのかたちを創っていきます。
今シーズン、
彼らが躍動する姿を見るのが楽しみでなりません。
宮古島の空の下で描いた「優勝」という未来が、
現実になる瞬間を、私たちは信じています。

